この小説について
『くすんだ青の金曜日』は、女性物の服に惹かれた32歳の会社員・中野和也が、誰にも知られない部屋で少しずつ女装を始めていく全13話の小説です。
作中には、服のサイズ選びやウィッグ、青髭、収納など、実際の女装でも起こりやすい悩みが登場します。
小説を気軽な入口にしながら、気になった内容は関連するガイド記事でも読める形にしています。
物語とあわせて、女装を始めるときの不安や迷いを減らすために、ぜひお役立てください。
この作品はフィクションです。
はじめまして、管理人のマキです。
女装歴20年の経験も踏まえながら、身バレの不安に配慮した情報を初心者向けに分かりやすく整理しています。
本編
母が来るのは明日だ。
そう分かっていながら、俺は今日も掃除機をかけている。先週の日曜にも同じことをしたばかりで、部屋にはそもそも汚れというほどの汚れがない。それでも、洗面所のタオルをもう一度畳み直す。角をきっちり合わせて、四つ折りにして、タオル掛けにかける。さっきまでもそうしていたはずなのに、何かがずれていた気がして、結局同じ作業を繰り返している。
キッチンの棚を開けて、奥の方まで布巾で拭く。使っていない食器が並んでいるだけの場所で、誰かがそこまで確認するとは思えない。それでも手が止まらない。
玄関の靴を並べ直し、冷蔵庫の中を見て、賞味期限の切れたものがないか確かめる。ないと分かっていても確かめる。何のためにそこまでするのか、自分でも考えたことがなかった。ただ、こうしておけば大丈夫だ、という感覚だけがある。
翌朝、出勤前にもう一度部屋を見渡した。昨夜の時点で十分片付いているのに、玄関マットの向きを直し、テーブルの上に置いていたリモコンをきちんと揃える。時計を見て、あと五分で家を出なければ電車に間に合わないという時間になって、ようやく手を止めた。
母が来たのは、夕方だった。
「和也、部屋きれいにしてる?」
言いながら、母は靴を脱ぐより先にタオル掛けへ目をやり、端が少し斜めになっていたタオルの角を直した。俺が畳んだはずなのに、いつの間にかずれていたらしい。母は特に何も言わず、当たり前のようにそれをやってのける。
冷蔵庫も開けられた。「野菜、全然ないじゃない」と言いながら、母は持ってきた紙袋から何かを取り出して冷蔵庫に詰めている。俺は「今度買うから」と答えた。
「和也、まだ彼女とかいないの?」
「忙しいだけだよ」
いつもの受け答えだった。考えて出した言葉ではなく、もう何度も繰り返してきたので、口が勝手に動く。母もそれ以上は深く聞かなかった。
「そうだ、これ。もう寒くなるでしょう」
母は持ってきた毛布を抱えて、クローゼットの前に立った。
「上、空いてたわよね」
俺が答える前に、母はもう扉を開けている。以前から毎年こうしていた。季節の変わり目になると、実家から毛布や布団を持ってきて、クローゼットの上段に押し込んでいく。今年もその一つだった。俺は特に気にせず、母が段ボールを畳む間、お茶を淹れ直した。
母は湯飲みを両手で持って、部屋をぐるりと見回した。
「部屋、きれいねえ。ちゃんとやってるじゃない」
それだけの言葉だった。だが、それを聞いた瞬間、肩から少し力が抜けた。畳み直したタオルの方へ、なんとなく目をやる。「まあね」と返した声は、いつもより少し短かった気がしたが、自分では気にならなかった。
母は一時間ほどいて、夕方には帰っていった。玄関まで見送り、鍵を閉める。部屋に戻ると、母が使った湯飲みが流しに残っていた。それを洗って、いつもの場所に伏せて置く。
テーブルを拭き、電気を落とし、いつもと同じ夜が始まった。
さいごに
第1話では、母が部屋へ来る前に、必要以上とも思えるほど掃除を繰り返す和也の生活を描きました。
部屋が十分に片付いていても手を止められず、母から「ちゃんとやってるじゃない」と言われたことで、ようやく肩の力が抜けます。
この時点では、和也はまだ女性物の服を買うことも、自分が女装を始めることも考えていません。
次の第2話「くすんだ青」から、和也の日常に小さな変化が始まります。
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次の話:第2話「くすんだ青」


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