この小説について
『くすんだ青の金曜日』は、女性物の服に惹かれた32歳の会社員・中野和也が、誰にも知られない部屋で少しずつ女装を始めていく全13話の小説です。
小説を気軽な入口にしながら、作中に登場する悩みに関連したガイド記事も読める形にしています。
この物語は前の話から続いています。初めて読む方は、第1話「合格点」からお読みください。
この作品はフィクションです。
はじめまして、管理人のマキです。
女装歴20年の経験も踏まえながら、身バレの不安に配慮した情報を初心者向けに分かりやすく整理しています。
本編
翌朝、目が覚めてすぐ、クローゼットを開けた。
昨夜のことを、まだ引きずっていた。
昨日は大丈夫だった。
けれど、それだけでは足りない気がした。次に同じことがあったとき、本当に大丈夫だと言えるのか、自分でも分からなかった。
引き出しを開け、中身を床へ並べていく。
ニット。スカート。ウィッグ。ファンデーション。オレンジ色の下地。
一つずつ手に取って並べると、思っていたよりも物が増えていることに気づいた。
買ったときは、どれも一つずつだった。
必要になったものを、その都度買っただけのつもりだった。
けれど、こうして一か所へ並べると、最初にニットを一着買った頃とは、明らかに違っていた。
スマートフォンを取り出し、これまでの注文履歴も見返した。
商品と金額を、上から順番に確認していく。
一つひとつは、それほど高い買い物ではなかった。
それでも、合計すると、想像していたより大きな数字になった。
金額だけではなかった。
検索する。
いくつもの商品を比較する。
届いた物を試す。
失敗して、また調べ直す。
平日の夜や休日の午後を、気づけばそれなりに使っていた。
床に広げた物を見ながら、しばらく座っていた。
後悔しているわけではなかった。
ただ、これまで意識していなかった費用や時間を、初めてまとめて見積もっているような感覚だった。
それでも、今すぐ何とかしなければと思った一番の理由は、金額でも時間でもなかった。
昨日の、クローゼットが開いていた数分間だった。
今の場所では、母が引き出しへ少し手を伸ばせば、中身が見えてしまう。
今回は、たまたま開けられなかっただけだ。
スマートフォンで、見つかりにくい収納方法を調べた。
調べてみると、種類ごとに分けること、外から中身が見えないケースを使うこと、使ったあとに戻す場所を決めておくことなどが書かれていた。
俺はこれまで、物を乱雑に入れていたわけではない。
ニットは畳み、ウィッグは箱へ戻し、メイク道具もまとめていた。
ただ、空いている場所へ順番にしまっていただけで、見つからないための仕組みまでは作っていなかった。
その日の午後、近くのホームセンターへ行った。
売り場で寸法を確認し、クローゼットの下段に収まる、不透明な蓋つきケースを一つ選んだ。
大きすぎれば目立つ。
小さすぎれば、物が増えたときに入らなくなる。
棚の前で何度かサイズを見比べてから購入した。
家へ戻り、床に並べた物を種類ごとに分けた。
ニットとスカートは畳んで重ねる。
ウィッグは絡まないように整え、購入時のネットへ戻してから箱へ入れる。
ファンデーションと下地は、小さなポーチへまとめた。
すべてをケースへ収め、蓋を閉める。
ケースはクローゼットの下段の奥へ置いた。その手前に、普段使っている鞄と季節外れの服を戻す。
扉を閉めると、以前よりは安心できた。
中身は外から見えず、母が毛布を入れるために扉を開けただけでは分からない。
それでも、床に物を並べたときに浮かんだ考えは消えなかった。
金額のこと。
使ってきた時間のこと。
昨日、扉が開いた瞬間に感じた緊張のこと。
どれか一つが理由ではなかった。
すべてが積み重なった結果、一つの問いが、初めてはっきりした言葉になっていた。
――このままの負担で、続けられるんだろうか。
答えは出なかった。
その夜はクローゼットを開け直すこともなく、いつもより早く布団へ入った。
さいごに
女装用品が一つずつ増えていくと、きちんとしまっているつもりでも、戻す場所が曖昧になったり、片付けの負担が大きくなったりすることがあります。
和也は持っている物を一度すべて出し、服・ウィッグ・メイク道具に分けて、不透明なケースの中へ戻す場所を決めました。
作中に出てきた、女装用品を種類ごとに分け、見つかりにくく戻しやすい形で収納する方法については、こちらの記事で詳しくまとめています。
女装用品の収納方法|服・ウィッグ・コスメを見つかりにくく整理するコツ
この小説を続けて読む
前の話 第9話「上、空いてたわよね」
次の話 第11話「空いた時間」


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